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競泳で挫折し聴覚過敏で退職、残された脚本の道ではダメ出し…向田邦子の"写経"で生まれた「VRおじさん」

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 仮想空間でのゲームに幸福を見いだす中年男を主人公にしたNHK総合「VRおじさんの初恋」。脚本を手がける森野マッシュ(27)は、感覚過敏な高校生が主人公の同「ケの日のケケケ」で創作テレビドラマ大賞を受賞した新人だ。両作で、社会の片隅で居場所が見つからない人々を温かな目線でくるんだ彼女だが、自身もここに至るまで迷いに迷った日々だったようだ。(文化部 大木隆士)

創作テレビドラマ大賞受賞・森野マッシュ

創作テレビドラマ大賞を受賞した森野マッシュ。ペンネームで「マッシュ」はマッシュルームのことだという

 「自分が見てきたこと、分かることの中で書いたんです」と語る通り、3月放送の「ケの日のケケケ」は、自身の二つの挫折が下敷きになっている。主人公・あまね(當真あみ)は、視覚や聴覚、味覚などが敏感で、世の中は常に 刺々(とげとげ) しくうるさくて、まぶしすぎ、サングラスや耳につける「イヤーマフ」を手放せない。入学した高校は部活動参加が義務だが、参加できる部活がなく、何もせずにお気楽に過ごす「ケケケ同好会」を設立しようとする。しかし学校や生徒会から強い反発を招く――。

 自身も聴覚が過敏で、イヤーマフをつけることもあり、街中や電車内など「ここは無理だな」という経験は多かった。大学時代もキャンパス内で工事が続き、授業に出席できないこともあったという。広告会社に就職したが、職場環境は聴覚過敏の身にはやはり過酷だった。ドアを閉める音や電話が鳴る音が気になったし、話し声が絶え間なく続いているのにも耐えられない。仕事は好きだったが、「オフィスでは働けない」と会社勤めを諦めた。

映画や漫画…「餌」を与えてくれた兄

「ケの日のケケケ」では、感覚過敏のあまね(當真あみ、左)が琥太郎(奥平大兼、右)とともに「ケケケ同好会」を設立しようと奮闘する

 あまねの良き理解者で一緒に同好会を作ろうとするのが、同級生の琥太郎(奥平大兼)だ。陸上の才能に恵まれているのに部活に入らない彼は、才能を無駄にせず、陸上部に入るようにと担任から言われ続ける。

 自身も幼い頃から競泳を始め、中学時代には全国大会にも出場。「五輪が目標」と口にしていたが、高校2年への進級を前に競技継続を断念した。周囲には、競技をやめた人を「パンピー(一般人)になる」と見下すような空気があり、それまでは「やめたら何もない、なぜやめるの?」と思い込まされてきた。だが逆に言えば、それは練習漬けの毎日がしんどすぎ、自らをだます必要があったからだ。「『なんのために』なんて考え始めたらやめたくなる。その選択肢を除外して、つらいと思わないようにしていた」

 競技ではタイム至上主義で、結果が出れば自信もつくが、相手を下に見ることもある。逆にタイムが悪ければ他の選手と比べて苦しみ、もがく沼にはまる。そんな日々には限界を感じた。競泳をやめる前後、フラフラしている妹を見かねたのか、6歳上の兄が「これいいよ」と、映画や漫画の良作を「餌を与えるように」教えてくれた。

「次はダークなコメディーを」と意欲をのぞかせる

 記憶に強く残っているのは、映画「桐島、部活やめるってよ」(2012年)を一緒に見に行った時のこと。バレー部主将が突然部活をやめると言いだしたことで巻き起こる高校生たちの葛藤と 鬱屈(うっくつ) を描く作品を見終え、兄は「おまえ、もういいんじゃないか。ちゃんとやったんじゃない?」と言ってくれた。

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