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小社会 魂の音 | 高知新聞

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 以前、取材する機会に恵まれてからピアニスト辻井伸行さんの高知公演には足を運ぶ。聴衆が大喜びする演奏の一つがリストの難曲「ラ・カンパネラ」。この曲が好きになって動画を探し、フジコ・ヘミングさんの名演もよく聴いた。

 正確に速く弾くことが良しとされる時代に反旗を翻すよう、とも評される。この曲に臨む心情をヘミングさんは近著「永遠の今」で語っている。「まず、音がきれいじゃないといけない。かといってうまく弾けばいいわけでもなく、作曲家の魂に近づくように弾く」

 日本人の母とスウェーデン人の父を持ち、幼少期に来日した。戦時中はいじめにも耐えた。「目が外国人みたい」と言われないよう、弟と2人でひたすら下を見て歩いたという。

 戦後はスウェーデン国籍が失効しており、難民としてドイツに留学。デビュー直前に風邪が原因で一時、聴力を失う。脚光を浴びたのは60代後半から。心を揺さぶる演奏は、多くの苦難を乗り越えた人生の表れといわれる。

 著書には初恋の話もある。岡山の疎開先。学校のピアノを借り、毎日練習した。ある日、駐屯している兵隊に声をかけられた。「今日はピアノを弾かないんですか」。その兵隊と会うことはもうなかったという。戦火に好きな音楽も楽しめず、苦難と向き合う人々も多いであろう今の世界をつい連想する。

 ヘミングさんの訃報が届いた。魂の音をぜひ公演で聴きたかった。

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